What words can do, what images can do [2]

先日イベントでお会いした画家・絵本作家の舘野鴻(たての・ひろし)さんの絵本『宮沢賢治の鳥』が素晴らしかった。

どのページもまるで仲間の鳥たちの目線で描いたような細密な描写と臨場感。羽根の中の筋まで一本ずつ丁寧に描かれていながら、図鑑のような感じが全くしないのは迫力ある構図のせいだろうか(もともと図鑑の生物画や解剖図なども手がけられていたのだそう)。その絵に、宮沢賢治の書いた言葉がそっと添えてある。巻末には国松俊英氏による解説があって、それぞれの鳥の生態がわかるようになっている。

私がブックデザインをしているという話から、絵を生かす絵本のデザインについて話してくれた舘野さん。『宮沢賢治の鳥』でも、まずは絵を感じてほしい、だから上に余計な言葉は乗せたくなかった、とのこと。何の鳥が何をしているのか、というのはここでは二次的な情報であり、絵と同居させる必要はない。そこのところを間違ってしまうデザイナーがいるとがっかりするのだそう。

舘野さんの絵を見て、本当に言葉は要らないなと思った。

説明を通して理解するのではなく、絵を好きなようにじっくりと眺めて、感覚で理解する。しばし鳥たちの目線でその世界に入ってみる。そうやって、時間はかかっても自分なりに何かを感じたり考えたりする過程があって初めて、愛着や敬意や、英語で言うownershipといったものが生まれてくるんだと思う。それはつまり自分の中に隠れていたものとの対話の過程だから。何でもネットで調べてわかったつもりになってしまいがちな時代に、その内側からの「気付き」の経験こそが貴重になる気がしている。それは誰にも真似することができないし、奪うこともできない。舘野さんの絵はそんな対話を受け止められるだけの深い懐を持っていて、その絵本のページは、絵と向き合う大事な空間なのだ。

絵本の装丁の機会はまだないけれど、絵本に限らず、言葉と絵(イメージ)のそれぞれにできることは何か、その力を最大限引き出すにはどうしたらいいか、思わぬ方向から大きなヒントをもらった気がする。