Designer furniture

少し前にグラフィックデザイナーの佐藤卓さんのお話を伺う機会があり、特に印象的だった言葉の一つが

「デザイン家具」という言葉をなくしたい

だった。

デザイン家具は機能性より見た目重視の家具を指すこともあるだろうし、優秀なデザイナーがデザインした、生活に溶け込む家具の場合もあるだろうけど、いずれにせよ佐藤さんの言葉に全く同感だった。

私がそもそも通訳・翻訳、証券会社を経てデザインに興味を持ったのは、デザインは全てに繋がっていると思ったから。

ロンドンに留学する前から、例えば書類の右下に小さく書かれている管理番号みたいなものとか、書類を整理しやすいサイズで統一してあることとか、記入しやすいフォーマットだとか、そういう仕組みも(こそが)デザインだと思っていた。

美しいポスターを作るのももちろんデザインだけど、それが貼られる壁だって、それを見る人の動線だって、その人が勤める会社の組織だって、その人が同僚と対話しやすいと感じたり逆に孤立感を感じたりするオフィスのレイアウトだって、自動ドアだって、昼食で使う名もない割り箸だって、全部デザインされている。

デザインを日常と無関係なものとしてありがたがる風潮がある限り、デザイン家具なんていう言葉が何の疑問もなく使われている限り、身のまわりを建設的に批判することは難しい。日常生活のレベルも文化のレベルも上がらない。

もう一つ佐藤さんが言っていたのが、

共創すると(お客さんは出来上がったものを)大事にしてくれる

ということ。

ここに多分、現状を変えるヒントがある気がしている。

One of the words I wish would disappear is designer furniture.

I mean, there is no such thing as non-designed furniture.

The word exposes a terrible misunderstanding about design, and thus the world we live in.

We need to change the way we think about design, to see the connections between our daily lives and the many “design decisions” that made our world what it is today.

I’ve lately realized that one way towards such a change might be to promote dialogue and to explore ways to design together.

Look, a nicely-designed bench!